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母を
大部屋へ移動させる決断。
わたし達が限界に来ていたことも
もちろんあったのですが
わたし達の危惧にも拘らず
母が意外に
病院生活に順応していることが
分かったからでもあったのです
生まれて初めての
1か月余りの入院生活で
母には
家族のいない生活への耐性が
出来たように思えたのです。
それに
喜んでいいのか悪いのかは
分からないけれど
母は
家族がいなくとも
人かげさえ見えていれば寂しさを
あまり感じないように
なってるようにも思えたのです。
だから、わたし達は
母を
ナースセンター前の大部屋へ
入れてくれるようにお願いしたのです。
ナースセンター前の
そこなら
例え会話はしなくても
人の姿は見えるし
看護師さんの出入りだって
しょっちゅう有るし
母にも耐えられると
考えらたのです。
そんなわけで
わたし達の病院通いは
昼と夜の2回の
食事介助だけの為になったのです。
大部屋へ移動させる決断。
わたし達が限界に来ていたことも
もちろんあったのですが
わたし達の危惧にも拘らず
母が意外に
病院生活に順応していることが
分かったからでもあったのです
生まれて初めての
1か月余りの入院生活で
母には
家族のいない生活への耐性が
出来たように思えたのです。
それに
喜んでいいのか悪いのかは
分からないけれど
母は
家族がいなくとも
人かげさえ見えていれば寂しさを
あまり感じないように
なってるようにも思えたのです。
だから、わたし達は
母を
ナースセンター前の大部屋へ
入れてくれるようにお願いしたのです。
ナースセンター前の
そこなら
例え会話はしなくても
人の姿は見えるし
看護師さんの出入りだって
しょっちゅう有るし
母にも耐えられると
考えらたのです。
そんなわけで
わたし達の病院通いは
昼と夜の2回の
食事介助だけの為になったのです。
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