[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
富山は今
新幹線工事の真っ最中。
あちこちで
クレーンが活躍しています。
ある日
8号線の横で
凄い男達に出会いました。
鉄塔工事のまっ最中
たか~い空の上で
作業している男達。
ああ!
彼等こそ、男の中の男。
わたしは思わず車を止め
シャッターを
押してしまったのです。
わたしは名にし負う
高所恐怖症
屋根に上るのも怖いし
柿の木に登るのも怖い。
昔、新宿の
安田生命ビルだったか
どこだったか
屋上に近いトイレに入った時
下界が真下に見え
怖くて怖くて
用が足せなかったくらいの
男です。
だから
高所作業する男たちは
わたしの
羨望と尊敬の的なのです。
ただ
断っておきますが
高所恐怖症のわたしですが
飛行機は全く怖くないのです。
天空1万mのトイレだって
平気で行けます。
中途半端な高さが
怖いだけなのです。
最近
わたしは妻と
テレビ体操を始めました。
ラジオ体操が始まってから
ずうっと続けてきた母を真似
わたし達も
健康な老後を送りたいと
思い立ったのです。
ある朝のこと・・・
「膝を曲げて手を床に
元に戻って腰に手を
上体をゆっくり反らしましょう!」
と、指導者の声が
わたし達の気持を引き締めるように
凛と響きました。
だけど
その声に被せたピアノ演奏に
思わず
笑っちゃいました。
だって、その曲が
ロシア民謡
「赤いサラファン」だったのです。
「赤いサラファンぬうてみても
たのしいあの日は帰えりゃせぬ
たとえ若い娘じゃとて
何でその日がながかろう
燃えるようなそのほほも
今にごらんいろあせる
その時きっと思いあたる
笑ろたりしないで母さんの
言っとく言葉よくおきき
とは言えサラファンぬうていると
お前といっしょに若がえる」
【ロシア民謡訳詞】津川主一
体作りに精出すわたし達は
この歌で
「頑張れば何とかなる」
と、励まされているのか?
「頑張ったってどうせ駄目」
と、くさされているのか?
果たしてどちらなのか?
ひねくれ者のわたしには
何となく
くさされているように聞こえ
そんな風に聞いてしまう
わたし自身の老いに
笑ってしまったのです。
春
爛漫の春
花満開の春
わが家の庭は今花一杯
宝石のように輝く
去年植えたばかりの
新種のチューリップもあれば
祖父が植え
父や母が手入れをし
ずうっと
咲きついで来た桃もあり
それらが今
母が「毎日が花曜日」に
書いたように
みんな大口開けて
笑いさざめいているのです。
だけど
わたしにとっての
近年の春は
詩人、劉希夷の詩を
何となく
思い出してしまう春なのです。
古人復た洛城の東に無く
今人環た対す落花の風
年年歳歳花相似たり
歳々年々人同じからず
言を寄す全盛の紅顔の子
応に憐れむべし半死の白頭翁
「太郎さん!
ミルカは
コメントは書かなけれど
熱心な読者だよ!」
母の日記を覗き見た張本人
真正4女から
メールが来ました。
それでわたしは
ミルカにちょっといじけた
メールを送ったのです。
ミルカは
真正4女の末っ子
母にマニキュアをしてくれる
あの娘です。
「ミルカ、元気か?
瑠璃がメールで
ミルカが
伯父さんのブログを読んでるって
言ってきた。
お前が読んでくれてるなんて
伯父さんはうれしいよ。
人間、だれでも歳を取って
いくけれど
どんな歳の取り方をすりゃあ
いいのか、悪いのか。
ミルカも
おばあちゃんや伯父さん達の
歳の取り方を見て
参考にしてくれ。
ほんとはまあ
人それぞれだから
あんまり参考には
ならないんだけれど
だけどまあ
そうでも言わなきゃ
ブログなんて書いてられないんだ
伯父さんは。
他人様からみりゃあ
馬鹿なこと書いてんだから」
一週間経って
ミルカからメールが来ました。
「太郎伯父様 こんばんは~。
メールありがとうございます。
週に1度しか
パソコン開かないので
返信が遅くてすみません。
ブログは時々
拝見しております♪♪
生活の中で
壁にぶち当たった時
とても励みになるので
参考にしてるんです。
年をとるにつれて
悩みが増えてきてますよ~泣~。
でも、でも
楽しいことも増えてるのかも
しれませんが~笑~。
これからも更新してくださ~い!!!」
そうか、そうか!
みんなそれなり読んでくれてんだ!
そんならここは
もうひと踏ん張り
ブログを書き続けてミルカ!!!
わたしはそう思ったのです。
真正4女が読んだ
母の日記の内容を書くと
珍しい事に
一族の若手から反響がありました。
「太郎伯父さん、こんばんは!
ブログ読みました。
ちょっと
悲しくなっちゃいますね。
「一人暮らしでも、毎日が楽しい♪」
なんて、口では言っている
おばあちゃんだけど
日記には
孤独や死と向き合う気持ちを
書いているんですね。
さっきお母さんと話したら
「健康で心配事もなく
平穏な日々をすごしていても
60代になると
ふと
孤独を感じる事があるのよ」
って、言っていました。
年を取るって
そういう感情と向き合って
折り合いをつけていくって
ことなのかしら・・・ね。
3女の娘・ミソノが
そんなメールをくれました。
ミソノは母の為に
防火手っ甲を作ってくれた
あの娘です。
「ごめんね、パパ。
私も親不幸しちゃって
東京に出て来てしまいました。
パパも大変よね
おばあちゃまの家との往復は。
無理しないで、体を大切に!」
わたしの次女・マノンからも
そんなメールが来ました。
マノンには
「ごめんね」の言葉を
もっと長々
書いて欲しかったけれど
それでも
4行のメールをくれたのです。
そうか!
たまにはみんな
ブログ読んでくれてんだ!
わたしはちょっと
嬉しくなったのです。