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他人の悪口を言いません。
腹の中はともかく
ほとんど口に出さないのです。
それは
わたしの妻に対してでも
同じこと。
批判めいたことを
言ったことがないのです。
わたし達の結婚以来
ずうっとです。
ところが最近
口を極めて
褒める様になったのです。
先日
お義母さんが
遊びに来た時のことです。
「晴子ちゃんは
本当に働くようになったんですよ。
たまにここへ来ても
くるくるくるくる働いてばかり。
こんなに働く人だとは
ちょっとも思わなかった。
お料理だって
手の込んだ物も
作るようになって・・・」
そう言って妻を褒めたのです。
「って、言うことは・・・
・・・やっぱり
昔は働かなかった
って、ことじゃないんかい。
やっぱり駄目嫁だった
って、ことじゃないんかい」
母の褒め言葉を聞きながら
妻とわたしは苦笑いしたのです。
妻が最近
家事も頑張るようになったのは
本当です。
でもやっぱり・・・
母はちょっと
「たが」が外れて来たのかも
知れません。
温室でも、露地でも
たくさんの
花々を育てて来ました。
月下美人もその一つ。
冬は温室で、春から秋は露地で
育てていました。
1昨年の10月9日
母の誕生日の翌日
不思議なことが起こりました。
月下美人が
突然
朝咲いていたのです。
何故か朝咲いていた月下美人
月下美人といえば
夜咲くからこその月下美人。
夜咲くからこその月下美人
普通は
夜8時ごろ咲き始めて
夜中にはもう萎む花の筈。
なのに
気が付くと朝咲いていたのです。
咲いたばかりの花なのか
それとも萎み忘れた花なのか。
いずれにしても
月下美人は時を逸していたのです。
母は本当に長いこと
月下美人を育てて来ましたが
こんなことは初めてだったのです。
それから2年
母は温室を閉めました。
いい潮時かもしれません。
母が
温室を閉めました。
30数年間
たくさんの花々を
育て楽しんだ温室を
母は泣く泣く閉じたのです。
温室の前も
花一杯だったのですが・・・
白寿の母には
水遣りが大変
ホースの引き回しが重荷。
毎日面倒見ていたものが
3日おきになり
10日おきになり・・・
我が世の春と
咲き誇っていた花々は
いつの間にか
見る影もなくなっていたのです。
君子蘭にも、しゃこばサボテンにも
ゼラニュームにも、ポインセチアにも
ラナンキュラス、バラ、ポンカン
デンドロビューム、オンシジューム
シクラメン、月下美人
クジャクサボテンにも
母が長年育てて来た花々には
もう
往時の輝きはなくなっていたのです。
それならいっその事と
腹をくくり
母は温室を閉めたのです。
生き延びていた花の
いくつかは
花好きの方にもらって頂きました。
もらい手のない花々は
わたしが
母に内緒で捨てました。
だけど、よかった。
例えいく鉢かでも
もらい手があってよかった。
母はその方に
花への思いを託しているのです。
もう1月も半ば。
月日の経つのが余りにも早く
焦りを感じます。
とは言え
ここは餅つきの話です。
わが家の正月は
暮れの餅つきから始まります。
昔のわが家は8人家族
一人当たり1臼
8臼もついていたのです。
1臼3升、合計2斗4升
これだけつくのは本当に大変。
父と叔父とが杵を持ち
母が手返しをして
朝暗い内から
夜遅くまでかかって
ついていたのです。
餅つき機が発売された頃
新し物好きの長姉が
早速買い込んでくれました。
が
すぐ杵に戻しました。
音がしなければ
お餅らしくないと母が言ったのです。
父が亡くなって32年
父母の代って三女夫婦が毎年
ついてくれています。
今は家族も減ったし
食べる量も少なくなって4臼だけ。
それでも
朝から夕方までかかってつくのです。
今年は
3女の子供夫婦2組も加わって
餅つき1日、餅切り1日
賑やかな2日間になりました。
3組の夫婦は
千葉と東京にそれぞれ住んでいます。
それなのに
わざわざ山梨まで来てくれたのです。
本当はみんなもう
餅などどうでもいいのです。
ただ
セイロの火を焚く
母の華やいだ顔が見たくて
来てくれているのです。
「習った事もないのだけれど」
母はそう言いながらも
折に触れ
歌詠みもして来たのです。
教員生活
父との恋愛、父との別れ
一人暮らし、教え子との交流
そして百歳の今を。
母の歌です。
去る年に 教えし子等の 大人びて
集い寄れるも 我はうれしき
待つ人は 遂に来ませず 秋の日は
はや暮れ初めて 哀しみの湧く
なつかしの 人より来る 玉章を
乙女は胸に そっとあており
一年を 苦しみ悶えし 我が願ひ
今宵うれしも 父は許しぬ
教え子に 書いて貰った 達筆の
墓標を見つめ しばしたたずむ
正月を 田舎に祝し 息子らの
車は忽ち 遠ざかり行く
老いの姑(はは) 看とる彼女の 話きき
吾もかくやと 心さびしも
久々に 教え子集いて 吾(あ)を囲み
しばし止まざり 笑いさざめき
しあわせに ほぼ百歳を 世に生きて
悔いることなく 今日も生き